怠惰な生活を送る青年の日記

社会の片隅でひっそり生活しています。

格差の起源

格差の期限という本を少し前から読んでいる。マルサスという学者は一貫して、人口の増加や技術の進歩が人間の生活を向上させることはないと繰り返し主張する。それを説得づける根拠として農業の普及や人口変動の問題などを例に挙げて論を進めていく。

疑問点

1. 技術力の進歩がなぜ人口増加をもたらすようになったのか
技術力の進歩→作業時間の短縮→多くの個体が生殖行為に励む?

技術力が進歩すると、これまで手作業でやっていたことをやる必要がなくなり、作業時間が短縮される。その余暇時間でみんなが生殖行為を行おうする考えに至るのはなぜなのだろうか。誰もがそうした活動に関心を向けるのではなく、個人個人が自分の時間に没頭することを優先して生殖行為に時間を費やさない人間も一定数いると思うのだが、どうなのだろう。何も空いた時間をすべて繁殖活動に捧げる必要はなく、今おかれている状況の下で何かに取り組んでいればいいと自分は思ってしまうのだが。これは結局のところ、本能的な問題が大きく絡んでいて、そうした欲求から繁殖行為をして子供を産んでしまうことに繋がってしまうとも考えられるが、何も子作りのみに時間を割く必要はないわけで、他のことをして過ごせばよいのにと思ったりもするが、今みたいに娯楽で溢れているわけではない。そのため膨大な時間をうまく活用するのが難しいのだろう。だから、生殖して子供を産んでしまうということになってしまうのも理解できなくはない。しかし実際、なぜ技術の進歩が人口の増加に寄与するのかはよく分からない。

2. 人口が増加すると技術力が高まるのはなぜか

独りでは無力な存在であっても、複数の人間で結束して何かを行えば、素晴らしいものが生み出されるからか。所詮、一人の人間ができることなどたかが知れていて、人間同士が集団を形成してみんなで知恵を出し合って協力していく過程において、新しい文明品がこの世に生まれていくということなのだろうか。人間が力を合わせると、とんでもないことを成し遂げることができるというのは歴史をみればよくわかる。

所感

筆者は人口が増えたとしても、数が多ければ多いほどその人たちを養うために必要な食糧数は増えるので、結局、人口が増えたとしても、長期的な視点から見れば意味がないと主張する。技術力が向上して、余暇時間が増えてもその余暇時間でまた新たなサービスがどんどんこの世に生み出される。そうしたものは広告やネットなどを通じて、広くの人にその情報が知れ渡る。その情報を入手した消費者は物を買わなければならないと思い込まされて莫大なお金を必要とする。たくさんの物を取得しろとメッセージを発信する広告などの存在は本当にすごいと思う。自分は会社などこの世に一つ存在すればよいのではないか(多くて二社か三社)と思ったりするが、それでは商売にならないし、経済は回っていかないので、いくつかの会社が必要となる。現代社会は文明や技術の進歩により、新しいものを提供するハードルはぐっと下がった。それにより新進気鋭の会社や新しいサービスというものがどんどん生まれていく。情報が溢れ返り、様々な情報に振り回されてどんどんいろいろなものにお金を投資していく。結果として、豊かになっているように見えても実は貧しくなっているという実態だ。

僕はこの本を読んで、労働のあり方について連想してしまった。誰に対しても平等に雇用の機会を与えるよりかは、できる人間だけに働いてもらってどんどん富を増やしていく方が全体的にみて豊かになれるのではないかと。雇用の機会が与えられなかった人間は、雇用の機会を与えられてバリバリと働く人が生み出した富のおこぼれをもらいながら生きていくという生き方。もちろん自分はおこぼれをもらう側の立場にいる。労働に従事したいという欲求がないし、労働を通して自己実現や社会貢献したいという欲求もない。また、能力的な面でも会社の一員に加わることで結果として周りに多大な迷惑を掛けている。このことについては、これまでの自分の経歴からも明らかである。そうした人間が社会の圧力を受けて、無理にそうした環境に飛び込んでも、周りの仕事を増やしたり、不利益を被らせたりする存在でしかない。だから、労働市場に参加せずにじっとしていた方が、自分にとっても会社にとっても良いことだと思う。ただ一般的には仕事は生きる上で大切なものだと考えられていて、人間のアイデンティティにおいて上位に位置づけられるために、それで満たされないとなると暴動を起こしたりする人も出てくるのではないかという気もしないでもない。仕事を自らのアイデンティティとしている人は少なくないと考えられるし、そうした人たちが労働市場から排除させられるということは、自分の欲求を満たせないということに繋がる。それは仕事を通して自己実現を考えている人にとっては危機的なことであり、自分の存在を否定されたように感じられてしまう。なので、仕事以外で自分の欲求を満たせるものを見つけていくしかないのではないかという考えに帰結する。

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