なかむの日記

他愛もないことをつらつらと書いています

巧妙に、他人から共感を誘う人

タイトルに惹かれて購入してみたが、筆者の自己主張の多さに嫌気が差し、途中で読むのをやめてしまった。本書の主な内容は、認知機能の低下や情報処理能力の低下により、日常業務を円滑に処理することができなくなり、日常生活が破綻しがちになるというものだ。

生活に困っている人がどのようなお困りごとを抱え、またそれが何に起因するのか知りたくて、本書を手に取ってみたものの、蓋を開けてみれば、筆者の被害者感丸出しの自己主張のオンパレードばかりで、正直、辟易してしまった。本書では日常生活で困惑していることの事例が数多取り上げられているが、筆者はその様々なことができない原因をすべて自身の病気のせいにし、病気を盾にすることで自身の現状を正当化している。もちろん全く他人や社会に問題を訴えかけずに、自身の胸のうちにしまっておく必要はない。そうした生き方を続けていけば、生活が煮詰まってきて感情が爆発し、危機的状況に陥ることが十分にあるのだから。だから、ある程度は他人や社会に対して、自身の生活におけるお困りごとを伝えるのは決して悪いことではない。だが、過度に他人に自身の病気の理解を求めるのは行き過ぎた行為であると私は思う。他人は自分と同じく、同じ社会のなかで暮らす構成員ではあるが、他人といえども自分と人格の異なる赤の他人なのであって、そうした人たちに自身のことをすべて理解してほしいなどと求める必要はない。それはひどく厚かましいことである。こうしたことを平気で求め、被害者意識の高い主張をつらつらと繰り返しているところに嫌悪を感じ、本のページを閉じることとなった。

こうした人間は他人に自分という人間の特性を過度に求めはするけれど、自分は他人に興味がないケースが多いように思われる。つまり、自分ファーストの考えの持ち主で、自分のことしか考えていないのだ。一見自分と同種の病気を世に知らしめるために、広報活動に精励しているようでいて、実は被害者であるかのように振る舞い、同類の民にとって耳障りのよい言葉を投げ掛けることで、共感を集めている人という印象しかない。

巷で販売されている病気系の本は、こうした他人に自分のことを受け入れてほしい本ばかりで溢れている。病気を抱えている人に寄り添うと言いながら、本音は自身が共感を集め、承認されることにしか興味がない。病気を抱えている人に寄り添うと言いながら、本心は自身が利益を貪り食うことしか考えておらず、それを社会のため、世のため、病人のためのように見せかけて表現するその厚顔無恥さぶりが自分は受け付けない。

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